
久しぶりに30度を超えるか超えないかという予想の日。調布駅と多摩川の間の未踏部分を歩きに調布駅へ。2017年にできたイオンシネマ・シアタス調布の前の水木しげるひろばでぬりかべが迎えてくれました。よく見ると頭の上には目玉おやじもいますね。
この辺りの京王線が地下化する以前はこの場所に線路が通っていました。現在はトンネルから線路が出てくるまでの500mが遊歩道になっています。

調布市役所。どうやら見るのは初めてのようです。1971年に竣工した本庁舎を2020年に耐震補強しています。意外と堅実ですね。時刻は7時半だったので外観を眺めただけ。

東京都道120号下石原小島線を多摩川に向かって下って行くと8分ほどで角川大映スタジオがありました。成城の東宝のスタジオはゴジラでしたが大映は大魔神です。横の建物にはガメラも描かれていました。調布は映画の町です。

府中用水。17世紀に国立の青柳付近で取水した多摩川と、立川崖線のハケの水を集めて
開削された全長6kmの用水。あまりに広範囲に広がっているので全貌はよくわかりませんが、今日は1本にまとまったその末端を最初に歩きます。東京都で唯一、疏水百選に選ばれています。
用水に沿って桜並木の美しい桜堤通りを東に歩きます。

今度は日活調布撮影所がありました。1950年代に作られかつては東洋一の規模を誇っていた日本映画を代表する撮影所のひとつ。先ほどの角川大映スタジオもかつては日活撮影所の一部でした。土地の大半をマンション用地として売却し、往年の1/4のスペースで撮影を続けています。

桜堤通りは1kmの遊歩道の間に9つの彫刻が展示されています。残念ながらひとつ見逃したようです。

府中用水が多摩川に注ぐ直前の多摩川市民広場で多摩川サイクリングコースと接続。
この散歩の時に通った場所でした。

多摩川の土手下を東へ。

そろそろ自転車を借りようとステーションを目指していたらいつの間にか狛江市に入っていました。この先の小さな林が「多摩川五本松」という新東京百景に選ばれた景勝地なんだそうです。それよりもこの案内板の右下に伊豆美神社が載っていることの方が重要でした。

無事に近くで自転車を借りて、少し多摩川から外れた場所に伊豆美神社。
知る人は知っているの世界ですが、最近のドラマのロケ地としてよく使われる神社です。最初に見たのは2022年の夜ドラ「つまらない住宅地のすべての家」で。逃亡犯がここに逃げ込んでいました。

2025年の秋ドラマでは2本のドラマでロケ地になりました。ひとつは「小さい頃は神様がいて」で北村有起哉一家がラジオ体操をしました。撮影時に別の名前の神社に偽装することも多いのですが上の写真の矢印のところに伊豆美神社とそのまま書かれています。
「ちょっとだけエスパー」では縁日のセットが組まれていました。さすがに立て続けだったので驚きました。ロケに協力的な神社なのかな。

長~い参道。一の鳥居の少し奥にあるこの小さな鳥居が慶安4年(1651)に奉納されたもので都内に残る石造鳥居として最古級のものです。

元の場所に戻って根川さくら通りへ。右の垣根の奥に根川がありますが根川の流路がそのまま立川崖線の末端になっているという場所です。文字では伝わらないと思うので最後の地形図見て納得してください。

根川と多摩川に挟まれた一帯は東京都住宅供給公社が手掛けた初の大規模団地である多摩川住宅になっています。33万平方メートルの敷地に88棟の3,914戸の集合住宅が建ち並んでいます。とっくり型の給水塔が5本立ち地域のランドマークとなっています。

目に見える崖線。国分寺崖線より一段下がった段丘による崖線は場所によって立川崖線、府中崖線、布田崖線などと様々に呼ばれますがこのブログでは全て立川崖線と呼びます。

ハケ下の道は「羽毛下通り」とそのものズバリな名前がついていました。

崖の上は縄文時代晩期の集落遺跡として国の史跡に指定されている下布田遺跡。ここから出土した精巧な細工がされた土製の装飾品はそれ単独で重要文化財となっています。春から夏にかけては除草任務を任された二頭のヤギが日々仕事に励んでいます。名前はスニフとミムラねえさん。

再び大映スタジオの前を通り過ぎて京王相模原線が見えるところ。くっきりした段丘はこのまま延々と青梅まで続きます。

すぐ先にあった調布市郷土博物館に立ち寄りました。

映画の街、調布。それと水木しげると近藤勇が調布の3本柱のようです。

本日のルート。段丘と崖線が見事なまでにくっきりな一帯です。
この日通った道。調布駅→都道120号→桜堤通り→六郷さくら通り→根川さくら通り→羽毛下通り→保健所通り→品川通り→多摩川住宅中央通り→染地通り→布田南通り→調布駅。調布も通り名が多いです。





















